僕が「よし、バイクに乗ろう!」と決めたきっかけの話

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GB250クラブマンと僕

「【第三話】「バイクさえあればどこへでもいける」と僕が確信した時の話」に書いたとおり、僕はバイクに乗るようになった。

バイクに乗ることを“なんとなく”で決めたわけじゃない。

この【第四話】は、僕が「バイクに乗ろう」と決心した時のお話。

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1.「よし、バイクに乗ろう!」と決めたきっかけ

函館と札幌

僕が「よし、バイクに乗ろう!」と決めたきっかけは、遠距離の彼女に会いに行くための「足」を確保するためだった。

ほんとそれだけ。

旅がしたいとか、バイクに興味があるとか・・・そんな煌びやかな目的なんて当時は1mmもなかった。

注意

このブログは、旅とバイクが大好きな僕が情報発信のため立ち上げたものです。
様々な経験を経て、今は考えを改めましたのでご安心ください。

 

当時、僕は函館に住んでいて、彼女は札幌にいた。

みなさんは「おんなじ北海道だから近いじゃん?歩いて会いに行けよ」と思っただろうか。

日本地図を思い浮かべて欲しい、北海道はでかいのだ。

「函館ー札幌」の移動距離は本州で言うところの「大阪ー浜松」に匹敵する。

つまり、「北海道」1人に対し、「大阪府→京都府→滋賀県→三重県→愛知県→静岡県」の6人が束になって飛びかかっている状況を想像して頂ければそれほど間違ってはいない。

距離にして約260km、所要時間は約5時間。

スケールが違いすぎるので、エンジン付きの乗り物がどうしても必要だった。

 

2.僕がバイクに乗るまでの話

クラブマンを思い出す

当時は大学生(20歳)だった僕の財力なんてたかが知れている。

車は夢のまた夢だけれど、車検のない250cc以下のバイクならなんとかなると判断した。

幸運なことに、実家には昔に父さんが乗っていたGB250クラブマンがある。

よし、それを譲ってもらおう。

すぐに父さんに電話をした。

「クラブマンに乗りたいんやけど・・・あれって動くのん?」

急にそんな話をした僕に「今は動かんけど、メンテをすれば動く。乗るなら乗ったらええ。」と快諾してくれた。

その後、父さんは動かないクラブマンを懇意のバイク屋さんに預けて、僕が乗るための準備を進めてくれたのだ。

ありがたかった。

 

バイクは確保した、後はバイクに乗るための資金が必要だ。

僕は理系だったので計算は得意だった。

【支出の部】

教習所 10万 + バイクのメンテ代など 12万 = 22万

【収入の部】

貯金 10万 + バイト代 4万/月 = 3ヶ月で22万が貯まる、いける!

という計算をしたのだけれど、全く理系を活かせてない雑な計算だったので想定通り進むはずもなく、資金面は割とピンチだった。

 

それでもバイクに乗れたのは、彼女への愛のパワーだったと言わざるを得ない。

実際、バイクに乗るまでの生活はなかなかハードだった記憶がある。

日中は大学の講義を受けて、それが終わったら教習所に通い、数時間の仮眠をとって夜から朝までアルバイトをする。

アルバイトが終わったら、そのまま大学の講義・・・(繰り返し)

当時の僕よ、よくやったぞ。

 

3.念願のバイクを手に入れた後の話

GB250クラブマンと僕

で、ようやく免許を取得してバイクを手に入れたくらいの頃。

僕は彼女にフラれた。

 

いや、ほんと。

遠距離が辛かったんだってさ。

電話口で別れの話をしていた僕の目の前には、当初の目的を失ったバイクがポツンと立っていた。

大事件だ。

しかし、僕は切り替えが早い男なのだ、人生は短い。

悲しんでいる時間など、ない。

 

実家から北海道までバイクに乗って帰ってきた経験で「バイクで旅するのって楽しいなあ」と感じていたのが幸いした。

この鬱憤をバイクで旅をすることにぶつけることにした。

まずは北海道一周ツーリングだ!

 

なんてことをしていたら、バイクと旅の魅力にどっぷりハマった。

今や大型バイクに乗り換え、暇さえあればツーリングをして楽しんでいる。

仕事でストレスを感じても、休日にバイクに乗って出かけるだけでスッキリ、解消。

僕の人生においてバイクは重要な要素になった。

あの儚い遠距離恋愛は僕とバイクを巡り合わせるための神様からのプレゼントだったに違いない。

 

バイクがきっかけで今の彼女とも知り合った。

8年付き合って、来年結婚する。

いや、ほんと、人生は何がどうなってどうなるのかわからないものである。

>>>次回へつづく

 

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