
1995年。
僕が5歳だった頃の記憶からこのお話を始めようと思う。
これは、“僕”と“父さん”と“バイク”の日常を綴った日記である。
名付けて、「僕と父さんのバイク日記」。
親は子供との思い出を、子供は親との思い出を。
忘れてた記憶を久しぶりに思い出すきっかけになればいいなあ。
1.バイクに初めて乗った日

僕にとって父さんは怖い存在だった。
怒ったらヤクザみたいな口調になってバリクソにおっかない。
父さんはバイクが好きだ。
休みの日はバイクに乗ってどっかに行ってしまう。
ただ、必ずお昼過ぎには帰ってきて、僕たち(僕には妹と弟もいる)の相手をしてくれた。
そう、実は優しい父親なのだ―ということに気付いたのはつい最近のことだ。
「後ろ乗ってみるか?」
父さんにそう言われて、幼稚園児だった僕は初めてバイクに乗った。
「いや、バイク怖いからいいよお・・・」
そんな風に断った気もするけれど、紺色のおんぶ紐で父さんの背中に括りつけられた。
僕の記憶が正しければ、その時におんぶ紐を括ったのは母さんだ。
大切なことなので繰り返すが、僕は断ったはずなのである。
なんて親だ。
かくして、僕の意に反する形で初めてバイクに触れることとなったわけなんだけれど・・・
バイクはめちゃくちゃに楽しかった。
当時ハマっていた「ウルトラマンごっこ」やスーパーファミコンの「ぷよぷよ」とか「ボンバーマン」とはまた違った楽しさ。
父さんの背中から顔を横に出すと首がもげそうなくらいの風がぶつかるし、地面は川みたいに流れている。
それが新鮮だった。
なにより“バイクの爽快感”は子供ながらに感じた。
「バイクすげえ」
これがのちにバイクで日本中を走り回ることになる僕のバイクデビュー。
2.「バイク」と「5歳」で思い出す記憶

当時、父さんが乗っていたのはホンダのGB250クラブマン。
いかにもバイクらしい形をしているタイプだ。
“バイクの爽快感”を知った僕は、それからちょくちょく父さんに頼んでバイクに乗せてもらっていた。
5歳くらいの頃なので残っている記憶は少ないけれど、よく覚えている出来事がひとつだけある。
その日、僕は急にお腹が痛くなった。
よりにもよって、あの怒ったらバリクソおっかない父さんと二人でバイクに乗っている時の腹痛だ。
「父さん、トイレに行きたい」
この一言が言えなかった。
それを言ったところで1億パーセント怒られはずがないのに、その時の僕にはどうしても言えなかった。
結局、うんちが漏れた。
「いつからや、はよ言わんかいな」
優しく声をかけてくれた父さんに「家に着いてバイクを降りた瞬間に出たんだ、間に合わなかった」と僕は嘘をついた。
なんとかしてクラブマンの上では我慢していたことにしようと、いや、そうしなければならないと子供ながらに思った。
「このままだとクラブマンがウンチマンになる」
本気でそう思った。
急に父さんのバイクがカッコ悪くなってしまうように感じて、僕は焦っていた。
嘘が見抜かれていたかどうかは定かではないけれど、もう時効だと思うので言います。
「ごめん父さん、実はあの時、クラブマンの上でしっかりうんちしてたわ」
3.クラブマンのシートを見て思うこと

それから15年が経って、僕は父さんからGB250クラブマンを引き継いで乗ることになる。
もちろん、シートは5歳の僕が座っていたあの頃のままだ。
あの時の壮絶な記憶がたまに蘇る。
それだけならまだいいが、父さんの背中に括り付けられていた僕も15年が経てば彼女くらいはできるわけで。
それはつまり、彼女をクラブマンの後ろに乗せることもあるわけで。
何も知らない彼女がそのうんちシートにちょこんと座っているのを見て、僕は申し訳ないようなちょっと面白いようななんとも言えない気持ちになってしまうのであった。